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医療法人 誠志会 砥部病院

砥部病院
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名誉院長の麻生だより

2018/07/20
平成30年 No.5

 「キャー、離して、離して、離さんかいコリャ」妻が台所で叫んでいる。私は離れたところに居て、一瞬何のことかわからなかった。ふと、テレビに目を向けると、釣り人が針にかかった大きな魚を誇らしげに自分の体の前にかざしている。妻は釣られた魚の気持ちになりきって叫んだのだ。
 その夜、中学時代の恩師の家で、この人騒がせな妻の話をした。すると、恩師はこの話が中国の古典「荘子」に載っていることを教えてくれた。
 ある時、荘子(そうし)と恵子(けいし)が一緒に川のほとりを散歩していた。橋の上で荘子が「魚が水面に出て、悠々と泳いでいる。あれが魚の楽しみというものだ」と言う。すると恵子は反論した。「君は魚じゃない。魚の楽しみがわかるわけがない」。荘子は「君は僕ではない。僕に魚の楽しみがわからないということが、なぜわかるのか」と論争が始まる。最後は荘子の「何はともあれ、僕には橋の上で魚の楽しみがわかったのだ」という言葉で締めくくられる。
 昭和24年日本人として初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士は「知魚楽」という随筆の中で、この「荘子」の話を取り上げている。
 恵子の立場を「論理的に実証できないものは認めない」とし、一方荘子の立場を「論理的に完全に否定できないのであれば、それを排除しない」と説明している。もしも科学者のすべてが、この両極端のどちらかに固執していたとすれば、今日の科学の発展はあり得なかった。
 医療の現場においても然りである。医学に理論は必要ではあるが、恵子のように「君は患者じゃない。患者の痛みや苦しみがわかるわけがない」という論理が病院の中でまかり通れば、私たちの行う医療は殺伐としたものになる。
 恵子の論理の土俵を超越して、「それでも自分には患者の痛みや苦しみがわかる」と荘子の想像力を持つことこそが、私たちの目指す医療の礎になる。
 湯川博士もまた、想像力豊かに、陽子と中性子の間に中間子というマイナスの電気を持つものが存在していて、それが引き合って原子核を作っているのだという仮説を打ち立てた。しかし、実証できないものは認めないという恵子のような考えの世界中の科学者からは相手にされなかった。ところが、1937年、アメリカのアンダーソンが宇宙線からその粒子を見つけ、湯川秀樹博士の仮説が正しいことが証明されてノーベル賞を受賞したのである。
 患者さんの身体に触れ、言葉に触れ、そこから伝わる思いを共有し、患者さんの持つ不安や苦しみ、痛みに思いを馳せるという想像力は、湯川博士が中間子の仮説を立てた行為に匹敵すると言っても過言ではない。
 妻の独り言から、荘子、恵子、原子、中性子、中間子に至るまでの勉強ができたことを、荘子のような妻と恩師村下滿先生に感謝する今日この頃である。

 平成30年6月24日

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